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2010年2月

2010年2月22日 (月)

科学

男の人をベランダから二度も(私が一度突き落としたら、男の人がふたたび這い上がってきたので)突き落とす という夢をみた
私の家の 二階のベランダからだったので 死んだのか どうかわからないけれど。死んでいればいいけど。
二度目に地面に叩きつけられたあと、男の人は顔面を血で真っ赤にして、大声で私を怒った。かつてそうしたように、おなじように。
その男の人は いつか私が出会した変質者のひとで そのことはもういいと思っているが、私はそうではないかもしれなかった。
現在の私の問題はそのようなことがほとんどだと思われる。
本当に
いつも嫌な夢しかみなくなった。
空をとぶ夢とか おいしいものを食べる夢とか ひまわりがたくさん咲いている夢とか、みたい。

2010年2月19日 (金)

またもやヽ(´▽`)/

新たな出会いをありがとうぴかぴか(新しい)ハートぴかぴか(新しい)

本日は『Cotyledo』
『コチレドン』と読みますほっとした顔ぴかぴか(新しい)

粉を吹いた感じやクローバー葉っぱの先が小さくトンがったΔところなど目がハート可愛いハートぴかぴか(新しい)

我が家で大きくなぁれほっとした顔ハートぴかぴか(新しい)


それと、嬉しい報告電球
枯らしたげっそりと思っていたこから…
綺麗な緑が見えて来ました目がハートexclamation ×2

2010年2月17日 (水)

入院

先月の21日の午前中に脳梗塞で倒れてから入院してますげっそり

左手の不随の状態ですが

幸い症状が軽くて1ヶ月程で退院出来そうですわーい(嬉しい顔)

退院後は北海道に戻り

釧路の病院に転院して入院しながらリハビリ治療しますわーい(嬉しい顔)

退院後のリハビリが大変だろうなげっそり

しかも美人女医も見られなくなるのは残念だよ眠い(睡眠)

釧路に戻っても美人女医に出会えます様に目がハートウッシッシワラ

2010年2月12日 (金)

自分に失望ひとつ。

シラフの今、往生際悪く言い訳をさせて頂きますれば、何故そんな話になったのかは全く覚えていないのだけれど、昨晩初めてお会いした客人の1人であった男性の口から、学生時代、私がお手伝いしていた大人計画の古い作品のタイトルが出た事が発端であった。宴もたけなわな時間帯、アルコールで全く気が抜けていた私は、その事にたいそう意表を突かれてしまった。今となってはそんなシチュエーションは珍しくないけれど、実際に誰かに、あんな風に直接熱く語られた事は、よくよく考えたら初めてだったので。

当然というか、彼はその作品を実際に観た事は無いものの、遡って様々な読んでいくうちに、その作品に辿りついたそうだった。そしていかに自分が松尾スズキという人を好きで、著作も全て持っており、とても影響を受けたのだ、という事を語っていたのだけれど、その姿が何だかわからないが、とても眩しく見えて、気づいたら涙腺が緩んでいたのであった。こうして文章にしても、我ながら何のこっちゃであるのだが。

うん、そうだよな。私も今となってはアナタほどの熱烈なフォローを出来てはいないけれど、松尾さんが大好きだよ。ずっと好きだし、嫌いになる事はこの先も無い。10代で松尾作品に出会えたのも何と幸運な事かと思う。それは別に「あの時代の大人計画を知っている自分」という様な、イヤラシイ悦に入っている訳でも、「昔は良かったなあ」としみじみしてしまった訳でも無くて、本当にたまたま偶然出会えたというその「幸運」に、改めてズドーンと感じ入ってしまったのだった。目の前で熱く松尾愛を語る人を見ていたら、今、世の中にはこんな人が沢山いて(豊崎社長の「文学賞メッタ斬り」もそうだけれど)、それって何だかスゲーなあと今さら実感してしまったのだった。

2010年2月 6日 (土)

吉日

思い立ったが吉日とは言うけれど
何故か私は今日やる気になってしまった。

多分ダメだろうと思いつつも
占い師が言った言葉を自己暗示のように
心の中で何度も繰り返した。

“あなたから連絡をもらったら喜ぶよ”

喜ぶかは分からないが
私が一番繋がりを求める人は
出会った時からあなただった。


縁が途切れて一年。
電話をかけた。
留守電だった。
メールをしたが
メアドは変えたようだった。

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